生物物理学とは、物理学的手法(実験方法、思考方法)を用いて生物を研究す る物理学の一分野である。その対象は、生物の多様性と階層性を反映して、多 岐にわたっている。すなわち、生体分子の個々の構造から、生体高分子・生体 分子集合体、生体小器官や細胞、生体組織、個体、生物集合体に到るそれぞれ のレベルでの構造と物性・機能、それぞれの階層間の相互関連や進化等である。 また、これら全体に関わる非平衡熱力学や理論生物学も生物物理学の重要な一 分野である。これらの多岐にわたる研究分野のうち、本実験では、生体膜を主 に取り扱う。細胞は細胞膜によって区切られ、すべての生物の構造および機能 の単位であるが、細胞はさらにその中に核、ミトコンドリア、小胞体などの膜 状構造物を内包している。これら、生物に見られる膜状構造物を総称して生体 膜と呼ぶ。生体膜は、細胞内外や細胞小器官内外を隔てる障壁としての役割だ けでなく、光合成やエネルギー産生など生体にとって本質的に重要な機能の多 くが生体膜上で営まれている。生体膜研究は、上記の階層性のなかで、生体分 子集合体から細胞のレベルを主な研究対象としている。この階層は、溶液物性 についての現在の我々の知識ではかなり複雑ではあるが、実際の生体膜を単純 化したモデル系では単分子から分子集合体の構造と物性を詳細に調べることが 可能である。
生体膜を研究するために、多くの実験的手法が現在使われている。光学顕微鏡 や電子顕微鏡・あるいは現在急速に広まりつつあるSTMやAFMなどのプローブ型 顕微鏡による観察、X線・中性子・電子線を用いた回折実験、NMRやESRによる 磁気共鳴スペクトル、赤外吸収やラマン散乱・蛍光などの分光学的測定、DSC などの熱力学的測定などである。これらのうち、本実験では、蛍光分光を主に 用いる。実際の研究の最前線においては、種々の手法から得られる情報を総合 的に判断して、対象の構造や機能を解明することが重要であるが、一方では、 個々の実験手法について深い知識がないと実際の実験結果を見誤る危険性があ る。また、ひとつの実験手法を深く理解することは、新たに他の実験手法を用 いた場合でも、その勘所などを理解することの大きな助けとなる。
本実験の目的は、