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蛍光エネルギー移動

蛍光共鳴エネルギー移動を起こすドナーとアクセプターが距離$ R$だけ離れて存在するとき、エネルギー移動速度$ k_T$は、

$\displaystyle k_T=\frac{9000\ln 10 k^2 \phi_d}{128 \pi^2 n^4 N_A R^6 \tau_D} \int_0^{\infty}\frac{F_d (\nu) \epsilon_a (\nu)}{\nu^4}d\nu$ (30)

で表される。ここで、 である。積分部分 $ \int_0^{\infty}\frac{F_d (\nu) \epsilon_a (\nu)}{\nu^4}d\nu$ はドナーの発光スペクトルとアクセプターの吸収スペクトル(脚注11参照)がどの程度重なっているかを表す。この式で、$ R$$ \tau_D$以外を

$\displaystyle R_0^6 = \frac{9000\ln 10 k^2 \phi_d}{128 \pi^2 n^4 N_A} \int_0^{\infty}\frac{F_d (\nu) \epsilon_a (\nu)}{\nu^4}d\nu$ (31)

とまとめて書いて、

$\displaystyle k_T = \frac{1}{\tau_D}(\frac{R_0}{R})^6$ (32)

という表記がよく用いられる。ここで$ R_0$は、 $ k_T = \tau_D^{-1}$となるド ナーとアクセプターの距離、つまり、エネルギー移動の速度がドナーのみの場 合の発光速度と等しくなるような距離である。ドナーに吸収された光子のうち、 どの割合がアクセプターに移動したかを表すエネルギー移動効率$ E$は、

$\displaystyle E=\frac{k_T}{\tau_D^{-1} + k_T}$ (33)

と表すことができ、ドナーとアクセプターが混在するときのドナーの寿命を$ \tau_{da}$とすると、

$\displaystyle \tau_{da}^{-1} = \tau_D^{-1} + k_T$ (34)

であるから、

$\displaystyle E = 1-\tau_{da} / \tau_D = 1 - F_{da} / F_d$ (35)

と表される。ここで、$ F_{da}$$ F_d$は、それぞれ、アクセプターがある時とない時の ドナーの蛍光収率である。

以上は、ドナーとアクセプターが$ R$の距離にある場合のエネルギー移動効率 であった。溶液中や膜中ではドナーとアクセプターはいろいろな距離に分布し ており、それらからの総和を観測していることになる。また、ドナーの蛍光寿 命がドナーやアクセプターの拡散運動の時間スケールに比較して長い場合には、 励起状態にある時間での分子拡散についても考慮する必要がある。詳細な導出 は省略するが、溶液内で、ドナーとアクセプターがランダムに分布していると 仮定した場合の時間に依存した全蛍光強度は、

$\displaystyle I_d(t) = I_d^0 \exp(-t/\tau_D)\exp\bigl[-2\gamma(t/\tau_D)^{1/2}\bigr]$ (36)
$\displaystyle \gamma = [A]/[A_0]$    
$\displaystyle \bigl[A_0\bigr] = \frac{3000}{2\pi^{3/2}N_A R_0^3}$ (37)

で与えられる。ここで、 $ \bigl[A\bigr]$$ mol/l$で表したアクセプターの濃度である。定常光を用いた場合の相対的な収率は、

$\displaystyle \frac{I_{da}}{I_d} = \frac{\int_0^{\infty}I_{da}(t)dt}{\int_0^{\infty}I_{d}(t)dt} = 1- \sqrt{\pi}\,\gamma\exp(\gamma^2)[1-erf(\gamma)]$ (38)
$\displaystyle erf(\gamma) = \frac{2}{\sqrt{\pi}} \int_0^{\gamma}\exp(-x^2)dx$ (39)

で計算される。

図 5: 共鳴エネルギー移動を利用した膜融合の測定法
\includegraphics[width=10cm,clip]{fusion.eps}

リポソーム中にドナーとアクセプターに対応する2種の蛍光色素をラベルした 脂質を混入させた系の場合、共鳴エネルギー移動効率を測定することで、リポ ソームの融合の度合いなどを見積もることが可能である。次ページの図で模式 的に示すように、共鳴エネルギー移動を利用して、膜融合を観察するためには、 2種類の方法が考えられる。第一の方法は、ドナーとアクセプター色素をそれ ぞれ別のリポソーム中に入れておく(図の左側)。この状態では、ドナーとア クセプターの距離は著しく離れているために、実際上、共鳴エネルギー移動は ほとんど起こらない。膜融合にともなって、ドナーとアクセプター色素がひと つのリポソームに現れると、共鳴エネルギー移動が生成する。第二の方法は、 ドナーとアクセプターをあらかじめひとつのリポソーム中に入れておく(図の 右側)。この状態で、共鳴エネルギー移動が起こっているため、ドナーを励起 してもドナー自身の発光はほとんど観測されない。これに、色素を含まないリ ポソームを融合させると、ドナーとアクセプターの距離が相対的に離れるため、 共鳴エネルギー移動の効率が落ちて、ドナーの発光が観測されるようになる。 どちらの方法にも一長一短があり、膜融合の進行を実際に確認するためには、 両方を行ってみる方が望ましい。



...:アクセプターの吸収スペクトル 11
蛍光分光での 励起スペクトルとほぼ同じものと考えてよい

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