生体膜は、脂質(lipid)とタンパク質(protein)をその主な構成成分としている。 例として、ヒトの赤血球膜の構成成分を表1に示す。主なリン脂質と コレステロールの分子構造を図1に示す。リン脂質は、親水性 (水に溶けやすい性質、hydrophilic)の極性頭部と、2本の疎水性(水になじ みにくい性質、hydrophobic)の炭化水素鎖を持ち、両親媒性(amphiphilic)の 分子である。このうち、炭化水素鎖は炭素数10個程度から20数個程度のものがあ り、ひとつまたは複数の二重結合を含む不飽和炭化水素も多く見られる。極性部 と炭化水素鎖部の種類とその割合は生物の種や組織・細胞・細胞内小器官の種類 によって異なっている。脂質分子を水中に分散させると、疎水性相互作用などに よって自発的に会合して二分子膜構造をとり、水溶液環境中で生体膜を熱力学的 に安定に存在させる基質となる。一方、タンパク質は、アミノ酸がペプチド結合 によってつながった生体高分子である。タンパク質のうち、膜と相互作用するこ とで膜中または膜近傍に存在するものを膜タンパク質と総称する。膜タンパク質 は、生体膜上の化学反応の触媒として、また、タンパク自身の構造(コンフォメー ション)変化を通じて、生体膜の多くの機能の主役を演じている(詳しくは参考 書を参照)。
生体膜研究の歴史は古いが、1972年にSingerとNicolsonはそれまでに蓄積された データを総合して、生体膜の流動モザイクモデルを提出した(図 2)。このモデルは、脂質で形成された二分子膜中にタンパク 質が埋まっているとするもので、水中の脂質-脂質、脂質-タンパク質、タンパク 質-タンパク質間の相互作用によって脂質とタンパク質が入り混じり(モザイク 性)、個々の分子や分子集団は膜中を自由に動き回ることが出来る(流動性)と いう描像である。このモデルは、それまでの硬い固定的な生体膜のイメージを柔 らかく流動性に富むものに変え、その後の多くの研究でも、この描像は基本的に 支持されている。